何者かになりたい。

迷えるアラサーのひとりごと

自己肯定感とは成果を出した経験の有無

自己肯定感の低さ、自信のなさの理由がわかった。

 

今さら感しかないし、そんなことは前からわかってたけど、“成功体験のなさ”が理由な気がする。

 

人生において、成果を出したことがない。子どものころからスポーツは苦手で、歌も楽器も苦手。小中学校でこれらが苦手であることは、かなりの劣等感を醸成する。

 

記憶力を要するような勉強だけはできたけど、そこは自己評価としては低かった。なんなら、周りから勉強できると思われたくなくて、テストで満点取っても騒がれないようにひそひそ隠してた。

 

高校ではダンスをやってたけど、大してうまいわけでもなく。進学校だったので入学した途端に落ちこぼれ。

 

唯一の成果は、大学入試直前になって頑張ったおかげで、受験したところ全部受かったことくらい。高校・大学入試合わせて、落ちたことない。でも所詮大学入試では、不得意な理系科目を諦めて国公立を断念したという負け組意識があった。

 

思い返しても、成果といえるようなことは本当にそれしかない。強いて言うなら、帰国子女じゃないけど英語が流暢に話せることくらいかな。まあ日本語でも大した話はできない人間なので、英語で話せる内容も知れてるけど。

 

大学では、バイト先で自分の仕事のできなさを初めて目の当たりにした。いつも後輩的ないじられポジションをとることで、誤魔化しながら居場所を作ってた。

 

そういう劣等感から、自分を成長させるために飛び込んだ学外の活動では、さらに厳しい現実が待っていた。できない自分。頑張り方もわからない。成果が出ないからやる気もどんどんなくす。周りに迷惑かけてる申し訳なさ。でもやっぱり無理。そうやって負のループで落ち込んで、軽く心を病んだ。

 

そこで消耗してたから、就活もろくにやらなかった。いや、真剣にやってても大したところには就職できなかったのかも。とりあえず後がなくて入社を決めたところは、私の学歴からしたらなんでこんなところに?っていうようなレベルの会社。恥ずかしい。劣等感。でもちゃんと頑張ろうと思った。

 

しかし成果は出ない。やり方がわからない。環境のせいだと思って転職活動するも、履歴書に書けるようなことがない。

 

そのときは、たまたま機会があって海外で働くことになった。そこでは、自分がアジア人であるということ、英語が他の外国人に比べてできないということ、容姿、などでまた劣等感に苛まれる日々。楽しかったけどね。

 

帰国して一時しのぎで始めたバイトでは、プライドがズタボロになった。ひとつは結婚式の宴会、ひとつは引っ越しの荷造り。底辺みたいな仕事で、低学歴の先輩に理不尽に怒られ、心を殺すしかなかった。ホステスもやった。向いてないなと思った。女としての自分を客観視できる機会だったから、やってよかったと思うけど。

 

東京に来て、これぞやりたかった仕事!って思えるような仕事に就いた。怒られながら、夜遅くまで働きながら、自分のできなさを直視させられたし、しんどかったけど、社会人として少しはマシになったと思う。でもやっぱり、大した成果は上げられてないまま、転職した。